思ったことメモ(特別編)/子どもとゲーム

ゲームの特徴

ゲームが殊更に犯罪の原因とされてしまうのはなぜでしょう。その理由を考える上で、ゲームと他の様々な活動(テレビ、スポーツなど)との明確な違いがあれば、そこを糸口とした議論ができるでしょう。私はゲームの歴史の浅さと、ゲームでできるなりえない役割の体験がゲームの特徴的な点だと思います。

ゲームの歴史の浅さ

ゲームが普及してからおよそ20年が経過しました。これは私達の若い世代から見るとすごく長い時間で、ゲームがあること自体に違和感などないと思います。ですが、現在40代や50代より上の世代の方々はゲームをプレイしたことは少ないのです。また、しばしばゲームをプレイしていたとしても、ゲームをプレイしながら子どもの時期を過ごしたわけではありません。

ですから、この世代の方々はゲームに対し無知であると言わざるを得ません。無知であることから不安につながるのは当然ですね。「自分の息子が得体の知れないオモチャで遊んでいる」と思ってしまうことも考えられるでしょう。その考えが過去の美化(思い出が美化されることは既によく知られた事実)と結びつき、ゲームと犯罪、ゲームと子どもの成長の関連性をよく考える前に「これだからゲームをする子どもは……」といった意見になってしまうのも自然に思われます。

実際、同じようなことが過去にも、そしてまさに今も起こっています。昔、テレビが普及し始めたときも、テレビに関してほぼ同じことが起こりました。そして現在、ゲームにとって変わる槍玉はネットです。やはり歴史の浅いものは大衆から疑問の目で見られることになるようです。自分がよく知らない新しいことは怖いのです。

そしてゲームは悪だと主張しているコメンテーターがいるワイドショーに限って、BGMにDance Dance Revolutionが流れていたりします。マーフィーの法則の実例みたいですね。まあ、これからもゲームを否定する世間の流れがだんだんと鳴りを潜めてきていることが分かります。ゲームが悪だといっては言ってみたものの、なぜ悪かということを考えることがもうできなくなっています。ゲームという文化がうんぬん言われる以前に、もう文化の一つとして確立してしまっているからです。似たようなことを何度か述べてきました。新・日本語をどうこう言っても、流れは誰にも止められません。

「○○はおかしい」というための明確な根拠を用意する前に「○○」が普及してしまう。そして「○○」が普及する前に「○○はおかしい」と主張しようとするから感情で物事をしゃべってしまう。感情では結論が出るわけは無く、明確な根拠を用意したいところですが、それは上記のように無理。こういうことです。もう遅いのです。

なりえない役割の体験

ゲームで問題になるものは大体決まっています。暴力的な描写が多く含まれたゲーム、性的描写が含まれたゲームなどです。ですが、これらゲームに似た表現は既に小説、映画などでされているのです。表現されてはいますが、これらとゲームとでは決定的に違うところがあります。小説や映画では自分でつくられた物語を見るだけにすぎませんが、ゲームは自分が主人公となり、現実にはなりえない役割を体験できるという点です。ゾンビに向けて銃を発砲するのも、ロケットランチャーを放つのも、またプレイボーイと化すのも全て自分で、決定権も当然自分にあるのです。

これは大きな問題です。ただし現実とゲームを勘違いして現実世界で見境無く……なんてことは絶対にありません。物心のついた人間なら。言い換えますと、物心のついていない子どもにはこのゲームは危ないのです。

ゲームそれ自体に問題があったのはなく、物心がついていないことに問題があったのではないでしょうか。私には子どものしつけや教育問題から逃れるための浅はかな言い訳にしか見えません。現実世界はゲーム世界のように画一的で、甘いものじゃありません。「ゲームが原因で……」などと主張している人は、自分の子どもがゲームごときに影響されてしまうようなちっぽけな人間だと思っていたり、自分が子どもをそんな人間にしかしつけられていないと思っているのでしょうか。そして、自分の子どもをゲーム世界よりも厳しい現実世界に、自信を持って送り出すことなんてできるのでしょうか。どうしても解せません。

「子どもとゲーム」のおわりに

メディアで「ゲームをして外遊びをしなくなったから……」などといった意見を聞くたびに悲しい気持ちになります。ゲームが子どもの犯罪に関係があったり、子どもの成長に悪い影響を及ぼしたりするのでしょうか。そしてそれは根拠のある話なのでしょうか。そんなコメンテーターに「あなた達が一生懸命主張しているテレビという場も、子どもにはゲームとなんら変わりない影響を及ぼすのではないですか」と小一時間問い詰めたくなるのはさておき。ちなみにこの文章の「ゲーム」とはビデオゲームのことで、コントローラーを使用して遊ぶゲームの類です。私はカードゲームなどを意識してこの文章を書いていません。

ゲームという文化の将来を考えて「ゲームは悪とは言えない」と私は主張したいのですが、実際どうなのかは分かりません。でもゲームを積極的に肯定するテレビ番組などは今まであまり見たことが無かったので、自分なりに否定してみたいと思うのです。そして鵜呑みにして、考えることを放棄してはいけないと思うのです。ただ「大衆の意見に流される大人に釘を刺し、自分で考える子どもが増えて欲しい」というのがどちらかというと本音で、この文章で言いたいのは寧ろこのことかもしれません。

04/09/07

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