秋田の方言メモ/#21から#25まで

#21はらっちぇ

先月の終わり頃、髪を切りに行ったときの話です。そこの美容師さんとはちょっと親しい(少なくとも私はそう思っています)ので、色々と話をします。検索してもどうせばれないだろうなんて思ったので、このサイトの話を少しだけしました。

「ホームページに今はまっているんですよ」

「え?どんな内容のホームページなの?」

「秋田弁とか、色々変なことを書いてるんですよ」

「私も秋田弁知ってます!大曲の友達が『はらつえー』ってよく言うんですよー」

「何か食べてるときとか!」

「そうそう!」

そんな意図は全く無かったのですが、幸運にも「はらつえー」というこのサイトに書くネタをゲットしてしまいました。でも「はらつえー」だと私の地方ではネイティブな秋田弁とは言えませんし、相手にうまく通じないかもしれません。私の場合「はらっつぇ」や「はらっちぇ」という発音をします。これは「お腹がいっぱい」という意味の言葉です。

以前も述べた通り、秋田弁では形容詞の語尾を「e」にしてしまいますから、「つえ」という言葉から連想されるのは「つよい」と言う言葉です。「つよい」という読みの単語には「強い」という言葉しか辞書にありません。「お腹が強い」というのは、はたしてどういう意味でしょうか。それが「はらっちぇ」となるわけですが、「お腹がいっぱい」という意味とどう結びつくのでしょう。どうも結びつかないですね。

でもちょっと考えると、結びつかなくてもいいような気がしてきました。お腹のなかが満たされることに重点を置くか、お腹がふくれてパンパンになることに重点を置くかの違いによるものとも考えていいでしょう。ひらがなの「あ」は「安」から生まれて、カタカナの「ア」は「阿」から生まれたのと同じで、同じことを違うように表現すれば、全く違うようになるということですね。「安」と「阿」は結びつきませんが、どちらも「a」という音には結びつきます。「お腹が強い」と「お腹がいっぱい」は結びつきませんが、どちらも「たらふく食べたときの体の状態」と結びついています。なんだか屁理屈のようですが、自分を納得させておきます。

その「大曲出身の誰か」と同じように、私も「はらっちぇ」はずっと使い続けたい表現です。「お腹いっぱい」ではどうもしっくりしません。こういった形容詞は気持ちがこもってなんぼですから、そんな自分のお腹に対し「はらっちぇ」と言ってあげたいです。「お腹いっぱい」だとどうもまだ食べられるような雰囲気がして、自分の気持ちに嘘をついているような錯覚に陥ります。お腹いっぱいなのに、お腹さんに申し訳ない(笑)

話は変わりますが、「お腹いっぱい」と言おうとして「お腹へった」と言ってしまう人がいるのはなぜなのでしょう。ついさっきまでお腹がへった状態だったので、脳が勘違いを起こしているのでしょうか。そういうことを言う人に限って、食い意地のはっているような人だったりするからまた気になります(笑)そんなことを言っておきながら自分が間違ったらどうしよう、なんてことは杞憂にすぎないといいんですけど(汗)

04/09/16

#22鍵をかう

秋田弁で鍵はかけるものではなく、「かう」ものです。「鍵をかう」(標準語訳は「鍵をかける」)と使います。服にあるボタンにも「ボダンをかう」(標準語訳は「ボタンをかける」)と使います。中学校や高校の生活指導の先生にはおっちゃんが多かったような気がするのですが、「制服のホック、かえ!」(標準語訳は「制服のホック、かけろ!」)とよく注意されていた印象が強いからかもしれません。体育館で集会か何かがあるたび、担任の先生からも「おめなばだぼだぼでズボンはいでらごで!」(標準語訳は「お前はだぼだぼのズボンはいているな!」)なんて言われていました。だって標準規格の制服より、変形の制服の方がかっこいいんだもん(笑)

まあ間違いなく制服は着ていたので問題は無いでしょう。そんなに太いズボンでもないですけど、見る人が見ればわかる太さです。短いスカートをはきたがる女の子の気持ちがよく分かります。それは理屈じゃなくて感覚。ニュータイプを受け入れるにはニュータイプになるしかありません。そんなことは普通おっちゃんには無理ですし、そんなことを期待はしていません。

脱線しかけていますので軌道修正。「かう」を使うのは、「かける」の意味の中でも上記のように「ちょいちょいといじる」場合のみで、服をかけることを「服をかう」とは言いません。「服を買う」と勘違いされてしまいます。「鍵をかう」からは「かける」と「買う」の意味が取れますが、発音で区別されています。「かう」は「か」にアクセントがあります。「買う」の発音は皆さんがご存知の通りです。

また話がそれますが、カギというのはなんだか不思議なものです。ゲームの世界ではアイテムとしての鍵や、キーワードとしての鍵などの様々な鍵が無ければ次へ進めません。対して現実世界では、鍵をかけなければ色んなところに出かけることができません。鍵をかけないと出かけられないというわけではありませんが、当然鍵はかけるべきですよね。鍵が無いと意外に何もできません。お金もおろせないですし、それ以前に出かけられないですね。ログインやパスワードも一つの鍵ですし、そんなこんなで身の回りに鍵がどんどんと増えているような気がします。自分が関係している鍵の数なんて知れたものではありません。

鍵は「key」、鍵穴は「lock」のように、英語圏では日本語の「鍵」を2種類の単語で表すということを中学生のときに覚えた記憶があります。「keyword」も日本語では「キーワード」と表す以外にはやっぱり「鍵」と書かなくてはなりませんし、日本語の「鍵」からは沢山の意味を引き出せます。同じような単語がたくさんあるということは、文化がその分野においては豊かだということです。英語圏では「日本語で『鍵』と呼ばれるものが日本以上によく使われる言葉であった」のでそれに対応する言葉が増えたのでしょう。中世の頃の日本と西欧にちょっと想いを馳せるだけで納得できます。私の実家も玄関にはあまりカギがかかっていませんし(笑)

私が思った昔の日本は「お江戸でござる」のようなのほほんとしたものです。長屋があって、人情味があって、「向こう三軒両隣」なんて言葉がまさにぴったり当てはまるような開かれたイメージ。おおよそ今の鍵にあふれた社会とは全く違うものですね。「鍵をかけて自己と他者にはっきりと境界を置く暮らし」よりも「開かれていて助け合っていく暮らし」の方が粋で、いわゆるクールな暮らしのように感じますがどうでしょう。

最近鍵束に仲間が一人増えました。鍵が増えるたびに行動範囲が広がるでしょうが責任も多少感じます。「この鍵だけはせめてあったかい鍵になっておくれ」なんて、ちょっとだけ思ってしまいました。鍵からはどうしても冷たいイメージしか引き出せないですが、欠かせないものですからね。

と言いつつ、ゴミを捨てに行くときには鍵をかけませんが何か?(笑)

04/09/17

#23合併さ、かだる

最近全国的に市町村合併が盛んに行われていることは皆さんもご存知だと思います。秋田県でもその例に漏れず、69市町村ありますが、現在そのうち62市町村が合併に絡んでいまして21市町村になります。まあほとんどの市町村がどこかと合併するということです。私の出身のところも来年の合併が予定されています。

国が合併を進めているのは「効率化」という一言に尽きます。地方議員や役場の職員の数を減らせますし、今まで積み重ねてきた地方債をまとめて処理しようとするためです。日本は国債だけでも400万円以上、地方債もあわせると700万円以上の債務を国民各々が抱えています。国民が借金を返すどころか秒単位で借金を増やしているということは小学校の社会で習うレベルのことですが、知らない人が依然として多いままです。

重要な問題ですがそんなことはこの際どうでもいい(笑)ので、身の丈に合ったことを書きます。市町村合併をする際に話題になることの一つに「合併後の新しい名前」があります。当事者には悪いですが、推移を見るとなかなか面白いです。合併を成功させる一つのポイントとも言えるのではないでしょうか。秋田県では合併後の名前でもめて、合併協議会から離脱した町もありましたし(笑)

まず、絶対的な求心力を持った市に色々くっつく場合はすんなり決まることが多いです。秋田県の場合は「秋田市」「横手市」がこれに当てはまります。秋田市は全く問題ないです。横手市は県南では中心の街ですから、こちらも問題ありません。合併後も「秋田市」と「横手市」は市名が変わりません。

それ以外、同じ規模の町や市が合併するときが大きな問題になります。そうすると「北」だの「西」だのと味気ない、いかにも行政の手続きのような名前になってしまいがちです。テレビで「四国中央市で……」なんて放送されると、この地域の人はこの名前をどう思っているのか気になったりします。地域の人が好きだったらいいのですが……。

そんな中「さいたま市」「南アルプス市」なんていうのは上手い名前だと今でも感心しています。前者は「県庁所在地の浦和市」「新幹線が通る大宮市」という二つの市を対立させることなく、「さいたま」の名の下に結束させました。(「与野市」を話題にしなくて、関係者の方ごめんなさい)「さいたま」という地名が無かったのも幸運でした。その後の市長選ではやっぱり対立しましたが、それくらいは目をつむってあげましょう。後者はまず「アルプス」という響きが素晴らしいですし、山梨県にあるということもすぐに分かります。利害の対立も無くすんなり決まったようにも感じます。市章も山をイメージしたクールなデザインでなかなかいいです。

さて、秋田は……。二箇所ほど他県と対立している地名があります。秋田県にできる予定の「白神市」と、岩手県にできる予定の「八幡平市」です。どちらも地名が他県との県境をまたぐ形になっているからです。世界遺産にも登録された「白神山地」は秋田と青森の県境ですし、「十和田八幡平国立公園」のうちの八幡平地域は秋田と岩手の県境にあります。片方の県が「○○市」という名前を付けようとすると、もう片方の県が「それは止めて欲しい」と主張するという構図。弱りましたね。どうすればいいのでしょう。

実は同じようなことを経験したことがあります。中学生のときに部活動で東北選抜大会に出場したことがありまして、そのとき「十和田中学校」と試合をしました。秋田県に「十和田」という市町村名は無く、青森には「十和田市」「十和田湖町」があることは知っていましたから青森の人だと思いましたが、なんと秋田県の中学校だったのです。十和田の地名の元になったであろう「十和田湖」は秋田と青森の県境にあります。だから納得はできたのですが、どうも釈然としませんでした。というよりも、話している言葉の発音が違っていたので他県だと思っていたということもあります。同じ県なのに、こうも発音が違うものかとビックリしました。県北の方が県南よりもものすごく訛りが激しかったです(笑)

本題に戻ります。地名の対立を避けるにはどうすればいいかというと、私の考えは妥協(笑)です。「秋田白神市」「岩手八幡平市」とすればいいのではないでしょうか。地名はその地の人のものではなく、その地名を目にしたり口にしたりする皆のものですから、その方が分かりやすくていいかと思います。声を荒げているのも「その地名が大好き」だからでしょうし、穏便に、そして冷静に話し合いをして頂きたいと思っています。

このまま終わると秋田の方言が一つも無いので、捨て台詞でも吐いて終わります。合併に参加することを秋田では「合併さ、かだる」(標準語訳は「合併に、参加する」)と言います。小学生が遊んでいる時に「かーでーでー!」(標準語訳は「いーれーてー!」)「いーいーよー!」なんてやっているのを見ると、微笑ましいですね。少なくとも私の世代では言いましたが、今の子どもは言うのでしょうか。言うと信じて終わります。

04/09/19

#24はたぎ山

ハチがベランダに巣をつくっていました。人差し指と親指で輪を作ったぐらいの大きさの巣です。ひっきりなしに飛んできては巣を覆い隠していました。そしてハチは巣に足をついて、周りをくるくると回っているのです。たまに飛び立ったかと思うと、またすぐに巣に足をつけてくるくると回ります。「何をしているんだろう」と思い、じっと眺めている自分に気がついたとき、どこか懐かしい気持ちになりました。

あまり憶えてはいないのですが、小さい頃こんなことがよくあったように思います。小学校の低学年ぐらいの頃。毛虫が道路の上をゆっくり動いているのを見たら、立ち止まってちょっと眺めてみる。トンボが2匹や3匹くっついて飛んでいるのをみたら、ちょっと眺めてみる。カエルが鳴いているとき、その膨れては元に戻る一連の動きをじっと眺めてみる。数えればキリが無いようなそんなこと。じっと眺めることには直接何の意味も無いのですが、今となっては何か意味があるように感じています。不思議な感覚です。

虫といえば、秋田で今頃、農道にイナゴがわさわさと飛んでいるような時期です。祖母はイナゴのことを「はたぎ」や「はったぎ」などと言っています。そして、子どものわんぱくエネルギーを利用し、ペットボトルにイナゴを集めさせます。これを醤油や砂糖などで味付けして煮ると、イナゴの佃煮の出来上がりです。好き嫌いがありますが、私は結構好きです。でも食べるときに注意して食べないと、イナゴの足が歯茎にささって痛いです(笑)

小学校低学年の頃には、相撲をやっていたことがあります。「おめなば『はたぎ山』だな」(標準語訳は「お前は『はたぎ山』だな」)などと言われていました。この秋田弁の感覚まではよく分かりませんが、おそらく体格が貧相だったからからか、ちょこまかと動き回るからからでしょう。「もやしっこ」みたいな言葉だと思われます。相撲で主にしていた戦法は「足掛け」と「足取り」でした。やせている人が身体の大きな人にぶつかるので、こうでもしないと勝ち目が無かったんです(笑)

相撲の大会に一回だけ出場したことがあります。一回戦を勝ち上がり、二回戦で負けましたが、父からは物凄くほめられました。「『はたぎ山』が勝つとおもわねがった。一回戦で半分まげるごどだべがら、まずいぐやった」(標準語訳は「『はたぎ山』が勝つと思わなかった。一回戦で半分負けることだろうから、本当によくやった」)と言われたことを今でもよく憶えています。「負けたのは悔しかったけど、勝ったのは嬉しかった」という私の気持ちをそのままズバリと言ってくれました。

話は変わります。最近、一般常識に欠けている子どもたちが多いように感じます。一般常識といっても、就職試験に出題されるようなものではなく、子どものころに聞いたような他愛も無いことです。「三畳紀、ジュラ紀、白亜紀があって、そのころ『恐竜』が地上を席巻していたこと」、「『月』には大気が無く、重力も地球の1/6しかないこと」、「『カブトムシ』は卵、幼虫、サナギと経てようやく成虫になること」など、別に覚えていなくても特別な影響は無いのですが、覚えていないと人から「あれ?」と思われるようなことを知らないんです。「興味が無いのかな」とも思いましたが、私自身それらを興味を持って覚えたという事も無いような気がします。自然にすっと頭に入っていることです。

きっと誰もそんなことを話してくれる人がいないのでしょう。あるいは自分からそういった話題に近づくことも無いのでしょう。どんなことであれ覚えることはいいことでしょうが「知らないことが悪いのか」と問われると、どうも言葉に詰まります。「知って何になるのか」と問われても、同様に答えられません。

あえて言うならば、その余裕に価値があると思います。お金は得ても使えばなくなりますが、知識は得れば得るほど増えていきます。でも問題が一つあって、知識は使いどころが難しく、溜まってもなかなか捌け口が無いです。「イナゴ」のことなんて、いつ誰に話せばいいのでしょう。

ですが、「一見意味の無い余裕も、『語彙』や『ボキャブラリー』という言葉で表現すれば意味があるように見える」という言葉のマジックを披露して終わります。

04/09/20

#25エルダさんのお話

ちなみに私は、北海道生まれ北海道育ち。つまり道産子です。北海道でも「ゴミを捨てる」の事を「ゴミを投げる」と言います。「冷たい」は「しゃっこい」と言います。あと、私の祖母は、お金の事を「ぜんこ」と言ってました。ちなみに祖母は道産子です。「まかす」って方言だったんですね!知りませんでした〜私は使わないけど。若い人であまり使う人いないです。たぶん、「まかす」って言うのはお年よりだけだと思います。私の祖母が言ってました。「しゃっこい」とかも若い人はあまり使わないですね。

あと、椅子の事を標準語では「す」がアクセントですが、北海道では「い」がアクセントです。北海道では語尾によく「だべ」、「だべさ」、「だべや」を付けます。「だべ」とか「だべや」は比較的男性が使う事が多いです。「だべ」、「だべや」に比べ「だべさ」の方が丁寧な感じがします。あと、北海道民じゃない人が北海道訛りを真似る時、「〜っしょ」と語尾につけますが、実際には「〜っしょ」とはあまり言いません。「〜しょ」って言います。例えば、標準語で「違うでしょ」の事を「違うしょ」と言います。「違うっしょ」とはあまり言いません。

掲示板にエルダさんがこんなに長い書き込みをしてくださったので、自分も思ったことを簡単に書きたいと思います。

「冷たい」は「しゃっこい」と言います

「しゃっこい」とかも若い人はあまり使わないですね

私の地方では「ひゃっけ」「しゃっけ」「はっけ」などといった発音です。秋田弁の形容詞の語尾が「e」の音で終わることが多いというのは以前も取り上げました。私たちのように若い世代は「ひゃ」や「しゃ」の音では発音しませんが、「」というクリアな発音で表現します。よく使う表現で、とっさに口にしてしまうものです。

私の祖母は、お金の事を「ぜんこ」と言ってました

私の地方でも「じぇんこ」「じぇん」などと言います。私の両親の世代は言うのですが、私たち世代は意識しないと使わない言葉なので、残念ながら消えつつある言葉だと思います。秋田弁の名詞の語尾が「〜っこ」と終わる単語が多いというのも以前取り上げました。

「まかす」って方言だったんですね!知りませんでした〜私は使わないけど。若い人であまり使う人いないです

まがす」については以前紹介したとおり、私も方言だったことを知りませんでした。この言葉に対応する標準語が無いので、使い続けることになる言葉だと思います。

椅子の事を標準語では「す」がアクセントですが、北海道では「い」がアクセントです

私の地方もそうなっていますね。あと「ズボン」は「」にアクセントがあったり、「シャツ」が「シャッツ」という発音になったりします。後者は言ってしまうと、本当に格好悪いです(笑)

北海道では語尾によく「だべ」、「だべさ」、「だべや」を付けます。「だべ」とか「だべや」は比較的男性が使う事が多いです。「だべ」、「だべや」に比べ「だべさ」の方が丁寧な感じがします

んだ」という秋田弁で考えると、「んだべ」「んだべった」「んだぁや」などと言います。神奈川県出身のSMAPの中居くんも「だべ」と言っているので、「だべ」やそれに類する言葉がカバーしている地域はすごく広そうです。ただ中居くんがわざと言っている可能性もあるので、確実な話ではありませんが……。

北海道民じゃない人が北海道訛りを真似る時、「〜っしょ」と語尾につけますが、実際には「〜っしょ」とはあまり言いません

それは初耳でした。「うまいっしょ」というインスタントラーメンが売られているので、ついついそのように思っていました。TVでつくられてしまった方言は数多くあるのでしょうし、これも氷山の一角と言えそうです。TVドラマや映画の台詞の方言は鵜呑みにしない方がいいようです。ただ「笑ってコラえて(日テレ)」は地元の人の言葉なので大いに参考にしています(笑)

エルダさん、非常に有益なご意見をありがとうございました。コピーした文章が多く、書くのが楽でした(笑)

04/09/21

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